八重子先生の「在来種」を求める旅は果てしなく続いた。


 私も時折お供したが、南は九州、北は新潟県村上市。たいした数ではないが、その頃、月曜から金曜まで生番組を抱えてる身としては、よくぞと思う。というのは、先生の旅は、糸の切れた凧のように、出たら最後、好奇心がどこまでもどこまでも続いていく。


 今、ご子息が「もっと母と旅して、お茶のことを学んでおけばよかったです」とため息をつかれるが、私も全く同じ思いだ。


 新潟・村上の旅も、村上が日本列島「北限の茶」の地とは伺ったが、あとは茶に関してはたいした記憶がない。ただまろやかでおいしかった。


 先生のお話では、日照時間が短いと、渋みの素であるタンニンの含有量が少なく、甘味を強く感じる。寒冷地には寒冷地に育つ茶の木自身の知恵が働き、何回も自然交配が繰り返され、生き延びる木だけが残ったそうだ。


 村上の三面川には鮭が遡上する。静かな城下町だが、鮭に関しては大変な歴史を持っている。250年も前に、この村上藩の一人の武士が鮭の回帰性に気がついた。世界で初めてである。名は青砥武平治。彼は自然ふ化増殖法を考え、藩に莫大な利益をもたらす。その流れの中で、明治には日本初の人工ふ化にも成功している。


 その歴史も興味深かったが、鮭料理が100種!に好奇心は集中した。先生の目もきらきら輝いて、しばらく村上詣でが続いた。


 「料理とお茶」という、先生には大きなテーマがおありだったのだろうが、不肖のお供は、あとからあとから出てくる鮭料理ばかりに舌鼓を打っていた。今、あの村上のまろやかなお茶をもう一度味わってみたい。



                                                     (2006.2.20)

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【バックナンバー】
         第5回 「ほんまもの」のお茶を残す (2006.2.6)
         第4回 八重子先生とお茶つくり体験 (2006.1.30)
         第3回 普段着のお茶を求めて (2006.1.23)
         第2回 八重子先生との出会い (2006.1.16)
         第1回 今も先生のお言葉が聞こえる (2006.1.9)


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第6回 「北限の茶」を求めて新潟村上へ

小林 節子


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