
この週のことは、一生忘れられぬ思い出になりそうです。八ケ岳は明るく青空のなかで雲と遊んでいましたが、118日間の病院生活を終えて、母が退院。その母は、全くの車椅子。立ち上がれぬ状態で我が家へもどりました。当然、生活も大きく変わります。父も私もへとへとの夜をすごし、父と母が久しぶりのデイサービスへ向かった20日、異変が起きました。
父が高熱を出したと電話が入り、すぐに母が過ごした諏訪中央病院へ救急車で運ばれる。私は母を看ていなければならず、勝子さんに病院へ飛んでもらう。病名はインフルエンザA ! タミフルを使いたいが、家族の同意が必要とのこと。勝子さんの帰りを待って、病院へ駆けつける。
いま問題のタミフルだが、肺炎の怖れある老人には有効との医師の判断を信じる事にする。ひょっとしたら、99歳のタミフル。最高齢かも知れぬ。個室に移された父は何がなんだかわからぬようだが、寝かせてひとまず帰宅する。4階のこの病棟では「花が咲いた」「おやすみ」の温かい文字が見送ってくれる。

翌21日、見舞いに行くが、父の病室の前にはかわいい黄色いぬいぐるみ。どなたが置いて下さったのか。春分の日で、病院はお休み。担当医は明日決まると言う。私は道端の雪の動物たちを見ながら家路につく。

23日、担当医が決まった。ハキハキと気持のいい内科医、前原先生。
「イヤー99歳には驚きましたね。すばらしいお身体と気力です。
喜んでお手伝いさせていただきます。」
父のレントゲン写真をはじめて見る。幼き頃の肋膜のあとは痛々しいが、肺炎の様子はない。退院は明日以降いつでも結構です。お礼を申し上げ、明後日に決め、父に報告。
父も喜び、ナースステーションまで見送ると言う。
そして、、、、事故が起こった!
父が病室へ方向転換した途端、バランスを失い大きな音を立て転倒したのだ、金属の家具に頭を打った音だった。
先生も看護婦さんも飛んでくる。

どうしようもない、、、私は父を抱え込みしゃべる。
「お父さん、大丈夫?大丈夫よね。
こういうとき毛がないと困るわよね。傷になるかもね」
先生は、「ITスキャンとりますから……」と、苦笑なさった。
心配してもしようがない。ここは病院だし。
父の病室からは八ケ岳が目の前だ。

翌朝、前原先生から明るい留守電が入った。
「ITスキャンの結果、大丈夫です。」
ほっとして、予定通り、23日退院の運びに。
その23日、今度は泊りがけで介護を手伝っていただいている勝子さんに熱が出た。39度と言う。あわてて、病院へいってもらったら…インフルエンザ!
父の迎えに誰も行かれず、デイサービスをお世話していただいてる田代さんに行っていただき、無事退院。勝子さんもふらふらで、点滴をすませ、タミフルを持って帰ってきた。その夜は、父も勝子さんもタミフル飲んで休む。窓から誰か飛び出さぬかと本当に心配した。



朝はいい!
母のおしゃべりで、父と私が眠れぬ夜…
「もうすぐ夜明けだよ、せつこ。
夜が明ければ、全部さっぱりするよ」
と、言ってくれるが、本当だ。

払沢、柏木の老人クラブの方々が田んぼの土手に植えた芝桜も根を張った。田んぼは昨夜からの暖かい雨で、水溜りが出来、鴨の群れも飛んで来た。梢の硬い芽にも露が宿り、暖かい25日(日)、洗濯で日が暮れる。
この日の午後、二つのプレゼント到着。
一つは青森六ヶ所村の野田良一さんから帆立貝。
野田さんは25年以上前のTBSパック・イン・ミュージックのリスナーさん。今や家族ぐるみのお付き合いが続いています。

もう一つは、七つ森書店から『100人のバカ』(岡留安則・佐高信編著)。雑誌「噂の真相」で大評判だった連載が本になったそうですが……
母に「佐高さんからご本」
「なんていうの。会いたいわ!」
「『100人のバカ』って言う本」
「?」
「夏になったら、
101人目のバカ取材に来てもらいましょうね」
毎日、「私、バカになってしまって……なんにもわからない……」と泣く母も、このときはぽか~んでした。
井上陽水さんの歌が唇から流れ出る。
さー、友からの応援メールで、今日も元気!
また、来週!

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第64回 父のインフルエンザと転倒騒動
小林 節子
