10日(日)思いがけない雪の逆襲にあいましたが、ひるまず上京。
森ミドリさんが作曲した合唱組曲を聴きに、東京・初台にある東京オペラハウスへ向かいました。

東北大学OB合唱団による「時を越えて」Stage .2に間に合いました。
混声合唱のための組曲「津和野」作詞;安野光雅/作曲;森ミドリ、初演です。
素晴らしかったです!
作曲家、森ミドリさんの会心の作品。
日本の心に出会った感動でした。

拍手が鳴り響き、、、、3階席だったため、安野先生とミドリさんの頭のてっぺんだけ、写してしまいました。ごめんなさい。ミドリさんに感動だけ伝え、リングリンクホール演奏も
お願いし、幕張の仕事に向かいます。
仕事を終え、帰る日の11日(月)は長年の友、本條流家元、本條秀太郎さんの出版記念会のお祝いに出向きました。あの森繁久弥さんから「私の口ずさんだ一節が、才人秀太郎の三味の音で冴えわたる」と、絶賛された秀太郎さんは、芸能界にも、弟子、友が多く、民謡の方は勿論のこと、名だたる女優さんもいっぱい。

私は、 新人アナウンサーの時、「キンカン素人民謡名人戦」という番組を担当し、二十代初め、そのご縁でフランスで開催の「世界民族フェスティバル」に参加。秀太郎さんも参加。お互い同じ年。通訳の青年たちも交え、若い者だけで初めての楽しい海外巡業を過ごした仲です。

その後、彼は押しも押されもしない流派を作り上げ、民謡、端唄をはじめとして、独自の三味線音楽「俚奏楽」を創作していきます。
どちらかというと、シャイでおしゃべりが苦手と思っていた友は今までの思いを本の中で一気に語ります。
開いて見てください。『三味線語り』(淡交社刊)。
かつて、リングリンクホールでも「江戸小唄」を唄っていただきましたが、すばらしく、、、、客に「ここは、赤坂か、向島か」と言われました。

司会は、私を「お姉ちゃま」と呼んでくださる高田都耶子(たかだ・つやこ)さん。
お父様は、薬師寺の故高田好胤さん。
そういえば、、、好胤先生の一周忌に司会をさせていただき、その折、秀太郎さんの伴奏で、市川亀次郎さんが舞いました。
長い長いご縁です。亀次郎さんも今は、「風林火山」でお忙しいのか、姿を見かけられませんでした。


13日、14日原村は冷え込みます。
雪も残り、私にとっては、2月と3月が逆転の寒さでした。
そのなか、玄関の工事も関さんが休まずしてくださり、私は看護師さんから、ケアの特訓。
病院への行き帰りの夕焼けも手助けしてくれます。

15日(木)やっと我が家に、介護3点セットが届きました。
電動ベッド、車椅子、そして、簡易トイレ。
部屋はすっかり主を待つ体裁になりました。










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第63回 母の退院と私の誕生日
小林 節子
