
いよいよ大晦日です。とはいえ、皆様がこれをご覧になるのは2007年! そこで、まずは、「おめでとうございます!」。母の入院などで、実はまだお年賀状を一枚も書いておりません。メールにてご挨拶が先になりました。本年もどうぞ変わらぬご厚誼を心よりお願い申し上げます。
暮れの最後の仕事は26日(火)「松本宵の口マガジン」。この日は大変な雨。日本中が翻弄された雨ですが、ここ原村も、雨のなか。大岩さんと上條さんさんと、呼吸もぴったり、今年最終生放送を終えました。ホールのクリスマス会の模様など話させていただき、森ミドリさんのチェレスタ「アメイジング・グレイス」で〆ました。

27日は恒例の永六輔さん忘年会「新宿寄席」。ご挨拶もしたく、新宿紀伊国屋ホールへ日帰りで向かいました。今回は券を買い損ない、佐高信さんの付き人で楽屋へ忍び込みました。オオタスセリさん、ミッキーカーチスさん、朴慶南さん、小室等さんにもご挨拶できほっといたしました。

佐高さんの毒談が終わってから、佐高さん、小室さんと忘年会。付き人と伴奏者(大胆にも佐高さんは小室等さんの伴奏で帰り舟を歌ってしまったのです)にねぎらいのカレーをごちそうしてくださいました。近著「政治言論」をサイン入りでいただいて、最終あずさに飛び乗り、岸井成格さんとの対談を読みながら、半分眠りながら、、、、零下を迎えた我が家へ。

28日から天候ががらりと変わり始めました。晴れた八ケ岳に雪雲が、、、、と思い始めましたら、、、翌日は、白い朝です。勝子さんと、早朝雪かき!女二人、ご覧の道具だけで、、、見事な雪かき。なんといっても、凍らせてはいけない! 病院に見舞いに行かれなくなる、、、「母は強し」でしょうか。



30日からは私抜きで、おせち作りが始まりました。勝子さんと美由紀さん親子が、昼から大晦日の2時まで、、、お蔭様で大晦日は何もせず、病院へ。母の年越しを30日まで悩みに悩みました。家へ連れて来たい思いは十分ながら、この温度差、介護度、、、、悩みに悩み、安全な病院での年越しを選んだものの、、、ご病人のいらっしゃるご家庭の思いを初めて知りました。


大晦日の日。すばらしく快晴です。とはいえ、日が落ちると車の運転が怖く、、、早く帰らねばならず、父と母と3人で病院の食堂で、2006年家族のランチ。美しい八ケ岳を見ながら、、父母は何思うのか、、、3階の廊下には「また あした」。母にその言葉を残し、、、、原村へ帰りました。




どのような大晦日をお迎えでいらっしゃいましたでしょうか。年々、、予期せぬことが起きる日常のなかで、ともあれ父が100を、母が91を迎える「お歳とり」の日を迎えることができました。
この「原村より愛をこめて」も、、、やっと52回で、一年の締めくくりができました。お付き合いくださった皆様に心より感謝申し上げます。
ありがとうございました!
2006年大晦日
小林 節子


(2006.12.31 写真/小林節子)
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第52回 あけましておめでとうございます!
小林 節子

