
原村は週末から週明け、快晴に恵まれました。母の入院している諏訪中央病院からも、雪帽子をかぶった八ケ岳。くっきりと鮮やかです。
田んぼにはご高齢のご夫婦が藁で作った有機肥料をまいておられました。2年越しの藁で作った堆肥がまかれ、もう一方は運搬係。その向こうには田んぼを開いた先祖のお墓があって、、、お墓の前の田んぼに、黙々とまかれた藁の肥料は、、、来年のお米の土になる。雪に覆われる前の豊かな黒土を、私もじっと眺めて時が流れました。

さて週末3日(日)はそんな大好きな村を離れ、東京へ。田中亮先生のダンスの会の司会で新宿のヒルトンホテルへまいりました。美しきパートナーしのぶさんと共に、3ショット。田中先生のおばあさまは宇都宮で昭和23年頃からダンス教室を開いておられたとのこと。この若さにびっくりです。
翌日4日は、四谷纏寿司で岩佐会。岩佐さんはフジテレ時代の先輩スポーツアナウンサー。名中継はほれぼれと聞きほれますが、ファンは多く、勿論後輩ファン多く、おなじみ、益田由美アナ、城ヶ崎裕子アナも参加。久しぶりに楽しい昔話も出て、セッテイングしてくれた、これまた名タイムキーパー・トン子さんに感謝の一日でした。

原村へ戻った5日は満月です。今原村ペンション村は自慢のイルミネーションに輝いていますが、満月と光の塔。満月と八ケ岳、、、、、、、この日、勝子さんと直樹君は、白樺林の中で12頭の鹿と出会い興奮して帰ってきました。

翌6日(水)再び東京へ。市川染五郎さんのファンクラブの皆様への感謝の集い。約300人の女性ファンが集いました。司会をお母様の幸四郎さんの奥様紀子さんに打診されましたが、実は彼女は大学時代の友人です。学生時代からそれはそれは美しく、男子学生の憧れの君でしたが「高麗屋の女房」に。

染五郎さんには、彼が小学校入学の折、フジテレから取材に伺っていますが、今や、一児の父親。歌舞伎を主軸に三谷幸喜さんの芝居も、シェークスピアもこなす、役者さんに大きく成長し、1時間のトークはあっという間に過ぎていきました。
7日(木)は午前中、新宿で「日本語教育新聞」の取材を受けました。1月号の2007年新年特別紙面企画「美しい日本語を話す人は、美しい」というコーナーに載るそうですが、、、恥ずかしいです。ほんとに。ただ取材してくださった安西さんという女性がすてきで、さらに仲介してくださった昔からの知り合い甲斐さん(現在、雑誌『今日から悠々』の編集長)とも再会の楽しい取材でした。

この日は今年最後の「絽刺し教室の日。残念、私は絽刺しは出来ませんでしたが、やっと間に合い、皆さんの出来上がった作品を見せていただきました。来春までお休みかと思っておりましたら、1月11日に絽刺し教室を開いていただけそうです。よかった!是非ご参加を。

久保先生夫妻が京都へお帰りの8日(金)から天気が変わり始めました。霧の毎日です。お見送りも霧の中。それからずーと霧の中。猫も霧の中です。

10日(日)は思いがけず、「台所のおばちゃん」こと伊藤明子ママが山梨甲州市の小川真澄さんをお連れになって、訪ねてくださいました。甲州のワイン、幻の「甲州の雫」を頂戴しましたが、絶品とか。お正月まで、とじっと我慢。この方は、別名「真主真路」と言いますが、決して変な方ではありませんので、ワイン他いろいろ甲州にご興味のある方は「ラブ 甲州」で検索なさってくださいませ。


さてお蔭様で母のリハビリが少し始まりました。明子ママのお見舞いも受け、少々元気も出てまいりました。我が家は父が寂しそうですが、、、、なんと母(卯年)の代わりにほんとのうさちゃん「サラ」ちゃんが慰めにやってきています。このサラちゃんは、「サラバウワー」(イナバウワーのよう!)が得意芸。おじいちゃんと炬燵でうとうとしています。頑張れ! 文ちゃん!

そんなこんなの一週間でした。雪が心配でしたのに、、、皆、首を傾げてる暖冬の原村です。

(2006.12.11 写真/小林節子)
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第49回 原村は不思議なほどの暖冬です
小林 節子

