
雨上がりの月曜日の朝、松本へ向かうと山々から朝霧が立ち始めました。先日ライブに伺った松本在住の山根二郎弁護士と深澤夫妻とのランチに出かけます。
山根弁護士は金嬉老事件、東大闘争事件の主任弁護士を務めた方ですが、49歳から始められたというスキーは、今では舞うような素晴らしさと深沢さんから伺いました。スキー上達の極意を面白おかしく、楽しく教えてくださいました。
スキーは上空へ踊るがごとく、フォームではなく、ヴァイオリンの旋律を奏でるがごとく、、、、お話はどんどん舞い上がり、あっという間のお時間でした。スキーの出来ない私も出来る気分、さらに頭はさらにブラッシュ・アップして軽やかにドライブして原村へ。
火曜日は夜8時から1時間半の生ラジオに。「松本宵の口Magazine」のゲストで懐かしいSBCレトロスタジオへ。パーソナリティ大岩堅一さん、上條陽子さんとは初対面ですが、勝手に、、、気が合いそう! 初めてシンガーソングライターの手仕事屋きち兵衛さんにもお会いし、ご機嫌な夜でした。毎月第4火曜日、SBCラジオお付き合いくださいませ。

水曜日25日は、東京へ。いいお天気、ほっといたしました。翌日昼に久しぶりの東京タワーです。東京タワーとこの下の芝公園スタジオは思い出ばかり。過日、東京新聞に書きましたが、フジテレビ新米アナ時代、タワーの中のスタジオで、「キンカン素人民謡名人戦」という番組のアシスタントを。さらに芝公園スタジオでは、「レディス4」の生番組を。

友人たちと仕事を終えて出かけた芝ボーリングスタジオが無くなっていました! 「とうふ屋 うかい」に変身。東京とは思えぬ静かな佇まいの店になり、大入り満員のとうふ料理店になっていて、、、驚きました。
私がTBSパック・イン・ミュージックという深夜番組をしていた時のリスナー井上一郎さんのご招待です。井上氏は、今や若手実業家ですが、当時高校生。深夜、私の「カモメのジョナサン」原語読みを聞いて感動されたとか。若気の至りの赤面話ですが、いろいろの場面で美味しい物をご馳走してくださり勇気付けてくださる大切な友。「レディス4」時代の良きライバル岩崎美智子さんもお誘いして、なつかしい思い出を語り合い、おいしいお豆腐に舌鼓を打ちました。
その夜は、「品川プリンスホテル・クラブeXで踊ろう!」の司会でホールへ3時に入ると、シャンソン歌手山口陽子さんのリハーサルが始まっていました。生バンドでダンスを踊る、、、、ダンス好きの方にはたまらぬ夜ですが、私は口だけ。ただ見ていましたが、存じ上げてるお顔が! 「Shall weダンス?」のたま子先生、草村礼子さんでした。あの映画と時はあまり踊れなくて、、、と。あのあと本格的に始められたそうですが、優雅な踊りでした。25年以上もダンスの司会をしていて、、、私は深く反省。


28日土曜日は、千駄ヶ谷の野口英世記念会館ホールで開かれる「日本応用老年学会」設立総会の呼びかけ人スピーチをさせていただきました。「産・官・学・民」が一緒になって、「老年学」を確立するための高齢社会のネットワークセンターを目指してスタートしましたが、私は柴田博先生に「民」の立場の呼びかけを頼まれました。6分のスピーチで何を伝えられたか、、、父母の顔が浮かびました。父母の延長線上に間違いなく、私たちがいること、伝えられたら、、と思います。


総会の後の理事会はお詫びして欠席、急いで新宿駅へ。夕方4時の「あずさ」に間に合いほっとしました。夜7時からリングリンクホールで「カフカライブ 歌声喫茶の夜」が始まります。会場の準備は津金直樹君、そして学校時代の友人・間宮さん、護武さん、山の隣人・広瀬さんのお蔭で終わり、出演の方々への食事の準備も勝子さん孤軍奮闘で整えられていました。感謝! マイクに向かいます。

沢山の声が美しいハーモニーになって、、、、夜の森へ、、、、2階には子供さんの姿も。時には声を出し、時には「ポコ ア ポコ」の皆さんのマンドリンに耳を傾けて、、、、カフカ・藤森先生の素敵なお話がつなぎます。



疲れも吹き飛ぶライブでした!
皆様、ありがとうございました!
原村は、八ケ岳美術館のある鉢巻道路まで木々が色づき始めました。動物さんたちも、、、、食べものの少ない冬の前のこの華やかな季節を、どんな風に暮らしてるのでしょうか。最近会えぬ鹿の親子を、、、、思います。


(2006.10.30 写真/小林節子)
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第43回 木々が色づきはじめました
小林 節子

