
秋も深まり、原村は朝晩ストーブが必要になり始めました。が、外は、八ケ岳にも雲のない日々が。遠く北アルプスにも、初冠雪。空気が澄んできはじめたのでしょうか。森もすっきりと、ススキも黄色い菊に代わり、田は刈り入れ待つ稲と、蕎麦の実が黄色から成熟の色に変わり始めました。

10日(火)。ミヤサカファームを営む宮坂吉記さんの奥様・知子さんに誘われて稲刈りの田んぼへ。知子さん曰く、「機械化された農業も見ておくといいわよ、見たことないでしょう?」。全く。まだちゃんと見たこともなく、カメラ片手に田んぼへ出かけました。
2.5反の田んぼが果てしなく広がる中で、吉記さん一人で、大きなコンバインをあやつってました。人気のコンバインがこんな優れものとは知りませんでした。刈り入れた稲を束ね、はき出し、お米の部分だけを集め、トラックに積まれた「フレコン」という600キロも入る大きな袋に入れてくれます。2.5反の田んぼを大きく外から外から円を描いて刈り取りますが、これはコンバインが細かい動きが苦手だからだそうで。


吉記さんは幻のお米「ゆめしなの」を作っています。標高1000メートルのお米の品種。「“高冷地のコシヒカリ”と呼んで欲しい」と言って照れました。新米を譲っていただき帰りましたが、確かにおいしい! 私の生涯の師、常茶の小川八重子さんのお茶作りの心とまさに一致して、嬉しい出会いの「ゆめしなの」。広い日本、、、その土地、土地に合った品種を大事にしてほしいと、命がけで在来品種のお茶を守った八重子先生に食べていただきたかったお米です。
11日(水)。絽刺しの久保夫妻が到着。お土産に珍しい鯖寿司が。「花折れ鯖寿司」と言うそうですが、京都花折れ峠というところで作られていた鯖寿司とか。日韓鯖街道を歩いた間宮さんが今回参加できず、メールで教えてくれました。実は、父が鯖アレルギー。今まで食べなかった鯖寿司を還暦過ぎて初めて口にしましたら、、、まーおいしいこと! 生きていてよかった。母の口癖が思わず出ました。
12日(木)。明るい日差しの中で、薪ストーブを焚いて、のんびり楽しく、絽刺し教室。父も薪ストーブの前で、居眠り。薪見張り番にはなってくれそうもありません。突然、窓にすごい音! かわいい小鳥が窓ガラスに激突、脳震盪を起こしました。さすが、絽刺し教室に来ていた森生活ベテランの岩崎節子さんが処理を教えてくれました。まず生死を確かめ、生きていたら、指でお水を与え、体力、気力を回復するまで、ティッシュボックスに入れて1,2時間休ませ、放してやる。この小鳥も元気に旅立っていきました。


岩崎さんはかつて、ヒマラヤの青いケシを原村で咲かせてしまった方ですが、鳥、キノコの知識も半端でなく、この鳥は「マヒワ」とか。
「家でも年間10羽は窓に激突よ。
亡くなってしまうトリは丁寧に埋葬するの。
ごめんね、こんなところに家を建ててしまって、、、と詫びてね」
土曜日も晴れました。この日は、こひつじ幼稚園の園児たちの稲刈りです。かねてから楽しみで、8時半に幼稚園へ。3歳、4歳、5歳の子が鎌を使う。東京では親から文句が出そうですが、親も付いて、農家の方々もお手伝い。安全な鎌の使い方、注意事項が中村園長さんから話されます。

さー田んぼへ。0.4反のかわいい田んぼには稲がたわわ。私も初めて稲刈りの真似事をしてみました。サクサクサク、、、、好い感触です。園長先生「小林さん、いい音でしょう。平和の音ですね〜」。




先へ先へ刈り取り進んでいく子。自分の周りからじわじわ刈り入れていく子、すぐ飽きてしまう子。求道者のようにはまってしまう子。皆、みんなそれぞれ楽しそうで、去りがたくの時でしたが、父母が10時には目覚めそうで、途中で帰りました。このお米は、アフリカのマリ共和国に支援米として送られるそうです。アフリカの方々に、この子達の笑顔も送りたい!
あまりに天気がよく、父母を連れてオフロード・ドライブ。美濃戸口から山道を走り、標高1750メートルの赤岳山荘へ。途中、中高年登山者にも沢山お会いしました。この山荘は、40年ほど高野裕夫・蔦美夫妻が守っていますが、真冬も永住とか。帰りに、「99歳!昔なら100だよ。よう来た」と、味噌汁にね、と父に「天然えのき」をいただきました。 感謝!野菜といっぱいのキノコ汁。そして「ゆめしなの・新米」。馬ではなく、せつこ肥ゆる秋です。

(2006.10.16 写真/小林節子)
第41回 原村は実りの季節です
小林 節子

