
まずは、父に代わりましてお礼から始めたいと思います。前の号で、父の白寿の報告をさせていただきましたら、さらに沢山のお祝いのお言葉を。ありがとうございました。
京都で「くらしの」というお店を開いてらっしゃる石田寛さんから楽しい印をいただきました。漢印篆白文「白寿」。「小商いをしておりますが、良いモノがなければ探しそれでもなければ作るしかありません。、、、、、洒落でご活用ください」
ほんと、この品はそんなに使う方もおられないのでは、、、洒落で、久しぶりに父に筆を持ってもらい、「白寿」の印を押してみました。対で、母の「卒寿」の印もお送りいただきましたが、さすがに「還暦」は遠慮なさったようです。
そんな中、さらにお礼が増えました。沢山の水害お見舞いのメール、お電話、お手紙ありがとうございました。結論を申し上げると、お蔭様で原村は被害なし。静かな長梅雨で、22日(土)リングリンクホールのイベント「シマウタ」当日は、快晴の中で終わりました。
ただ、こちらでお知りあいになった方は、諏訪、岡谷の方も多く、避難した友人も、、、身近に自然の怖ろしさを教えていただきました。
それは18日の水曜日から始まりました。この日、「芸術文化ルネッサンス市民の会」(私も故NHK諏訪支局長、増井誠さんのご縁で会員です)が7月27日から諏訪市美術館で開催する「小杉小次郎の世界展」の司会打ち合わせに、諏訪湖畔までまいりました。会員の女性たちとランチを楽しみ、帰路へつく頃から雨足が強くなりだし、諏訪湖への上川はあふれんばかりです。

ニュースは連日、驚くような水害の様子を伝え始めました。私の行っていた諏訪湖畔も水の中、国道は封鎖され、お知り合いの友人のお店も休業、、、そして濁流。悲劇はつづきます。
何故か、原村は静かな長梅雨。霧に包まれ、父母のデイサービス送り迎えの田んぼの土手道は、れんげと稲が水玉を光らせ、、、道端のラベンダーは山が見えず、寂しそうに、紫色の花を雨にぬらせていました。

土と石と木の豊富な原村の貯水能力を身に沁みて感じましたが、いつも通る細い林道のコンクリートが突然の川になっておりました。木と木の間に突然細い急流が生まれ、コンクリート道を通り抜け、さらに下へ下へと下ります。

ノーテンキの節子さんもさすがに、金曜くらいまでは、土曜の催事はあきらめかけておりましたが、さらにノーテンキの中学高校時代の友二人が、深い霧で何にも見えないこの村にやってまいりました。
「あずさは走ってたし、手伝いに来たわ!」
共に横浜で赤い襟のセーラー服を着ていた友! 今は、嫁いで神奈川、厚木在住の橋口和子さん、茨木友部在住の原田敏子さん。
これはいける!と予感。土曜日、快晴! 「シマウタ」の朝崎郁恵さんがいらっしゃる頃は青空で、お迎えができました。
朝崎さんは、プロデューサー兼デザイナー小林栄子さんのご縁です。栄子さんから、朝崎さんが坂本竜一さんとも共演のメジャー入りなさってから、反対に小さなホール、それも信州で歌ってみたいとおっしゃったと伺い、それこそ我がホールしかない、とあり難く、遊びのついでにお歌いになりませんか、とお誘いしました。
奄美大島ご出身、10代にして「天才歌者」として活躍され、60年シマの魂を歌い続けていらした朝崎さんに初めてお会いしました。凛としたなかに温かいふれあいをそっと用意してくださって、
「私は今、ここに来た意味がはっきりわかりましたよ」
「神様に導かれた私たちは縄文仲間なんですね」
この地に、国宝の「縄文のビーナス」が出土したと伝えた途端に出たお言葉でした。

「神様のお導きであなたに、この屋に伺えた、、、ありがとうございます」
この掛け合いの歌で始まる奄美大島のシマウタは沖縄のとは同じでなく、2000から3000の歌が残っているとのこと。それもすべて、譜面もなく、口伝で伝わったシマの歴史。文字で残せなかった(抹殺された)歴史は、権力者に奪われることのない口伝の歌で残した先祖の知恵。
演奏会が始まると、その声は初めて聴く魂に語りかける言霊。意味を朝崎さんは、丁寧に教えてくださり、歌い始めて、、、35人ほどの聞き手は、聴くよりも感じ始め、目頭を抑える方も。


素晴らしいときが流れました。
親に感謝する歌。五木の子守唄、、、、、
最後は六調。阿波踊りのような陽気な曲で、朝崎さんも誰かさんも踊りだし、、、会は終わりました。
「小林さん、私、最後にいつも歌う、別れの曲は止めました。また来たいから、、、」
節子さんのことだからお礼も出せず、申し訳ない思いをするだろうと、遠来の友と、近くの友が台所で、食事作り。すべて手作りのおもてなしが、他の演奏会と全く違ったのか、朝崎さんは、たいそう喜んでくださり、白寿、卒寿とご一緒に夜中まで話しは尽きず、寄せ書きを残してくださいました。ありがとうございました。
翌日日曜日、朝崎さんと栄子さん、お弟子さんの恭子さんは「縄文のビーナス」に会いに行かれ、東京へ。遠来の友、野辺山の友、いつ子さんも東京へ。急に寂しくなった我が家ですが、雨の音が激しくなりだしました。

ハレの日とケの日があるからこそ、、、、人生楽しい!と、和子さんの作ってくれた美味しいカレーで夕食です。皆様、ありがとうございました!

(2006.7.24 写真/小林節子・馬場いつ子)
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朝崎郁恵公式ホームページ http://asazakiikue.com/
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第25回 梅雨の晴れ間が続きます (2006.6.26)
第24回 梅雨の中、初夏が近づいています (2006.6.19)
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第17回 お蔭様で引っ越しました! (2006.5.1)
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第29回 朝崎郁恵さんのシマウタに感動です
小林 節子

